88.12.01月刊カドカワ

目次
■おなかがすいてて、愛を求めている時がいちばん
  1:中学三年生の時に始めてボーイフレンドができて、初めてキスした。
2:それこそ、毎日、「愛してる」って言ってほしいタイプだと思う。
3:恋愛を楽しむなんて、そんなババアみたいなことできないよ。
■NOKKOの基礎知識
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スピリチュアル・メッセージ

おなかがすいてて、
愛を求めている時が

いちばん



1:中学三年生の時に初めてボーイフレンドができて、初めてキスした。
 いつも「私は小さい頃は普通の子だったわ」って言ってきたけど、本当の事を言うとね、「私は絶対他の子とは違う」って心のなかで思ってた。だけど、それをどうしていいかわからなかった―っていうと俗っぽいよね、有名になった奴が後から言いそうなことで。

 子供の頃に、学校の勉強とか以外のことですごく誉められた事が印象に残っていたんだと思う。踊りがうまいとか、足が細くてまっすぐだとか、色が白いとか。それですごく満足してたから、それこそ何も努力しない子だった。宿題はやらないし、机の中がグッチャグチャで先生に怒られても、フンて感じで。宿題やっていく子なんて弱い子だと思ってた。怒られるのが怖いから、みんな宿題やるんだわと思っていたもの。
私は強いから宿題やんなくても平気なの。だから、どうしようもない子だと言われていた。

 だけど、そう思ってたのは小学校五年生ぐらいまで。中学校に入ったら、ただの人になっちゃった。理由は、太りだしたから(笑)。

 子供の頃ね、信じてもらえるかどうかわからないけど、すごく美人だって言われてたの、大人の人から。でもね、中学校に入ったら、それがパタッとなくなったの。何も言われなくなってね、「なんだ、あれはたんなる幻だったんだ」と思ったの。それを取り戻したくて、目立ちたいからバンドやったりとか、そういうことを始めたのかもしれない。
体の線がきれいとか、すごく誉められたのよ、とにかく。小さい時にね。

 いちばん誉めてくれたのはバレエの先生だった。幼稚園の時から高校三年まで、ずっとその先生に習ってた。その先生が言うのよ、「さあ、この世のものとは思えないぐらい幸せな顔をしなさい。それが白鳥の顔よ」って。「でも、ご覧。白鳥はあんなに優雅な姿で泳いでいるのに、水の下では足を必死でかいているの。みんな、かいてごらんなさい。そして白鳥はあんなに優雅なのよ。だから足のマメがつぶれたぐらいで泣いたらダメ」って言うの。

素敵でしょ。そういう先生だったの。いわゆる情操教育だよね。私はそれを忘れない。ほんとに忘れない。先生がすごく好きだった。

 その先生の私生活というのは、今考えるとボロボロでさ、結婚してんだか、してないんだかわからないようなダンナと一緒に住んでてね。すごくボヘミアンな人だったと思うんだ。小さい白鳥たちに愛情を託したのね。

 そう、だから、私達がやめる時は先生は一回ボロボロになった。

 私を筆頭にみんな一斉にやめたの。バレエというものが日本でお仕事にならないっていうことに気づき始めたのね、高校生ぐらいの時に、みんなが。みんなバレリーナになると思って来てたよ。フランスに留学した子もいたし。それでもダメなんだよ。オリンピックの新体操見てわかるでしょ。私は、今はまたモダンバレエのスタジオに通ってる。

 中学の頃はすごく混沌としてた。毎日がつまんなかった。私は終わったと思った、十四歳にして(笑)。覚悟決めたんだ、私は終わっちゃったみたいな。中学生の時はまだ努力するというふうには至らなくて、終わった運命を甘んじて受け入れてた。ひっそりと。勉強も運動もできないし。ユーミン聴いてた、そういえば。「あの日に帰りたい」の項。まだ荒井由美の頃。流行ってた、すごく。カーペンターズもね。

中学の三年生の時にボーイフレンドが初めてできた。うん、初めてキスした、クッ(笑)。

 川口君ていうの。これ書いておいて。
「川口修司君、あなたは今どうしていますか?」。同じクラスだった。その時に高田アヤ子ちゃんという子と取り合いになったの。アヤ子ちゃんは川口君のことを先にすきになってアプローチしてたんだけど、川口君はちょっと浮気っぽい子でね、私と付き合い出しちゃったわけ。高田アヤ子ちゃんがすごく強いお友達、女の子のお友達、バスケット部のキャプテンの子と一緒に私のところに話をつけに来て、一緒にお弁当食べながら、いじめられたの。高田アヤ子ちゃん、どうしてるかな。

「フレンズ」は川口修司君の歌だよ。♪うつむく日はみつめあって♪…その頃、流行ってたユーミンの曲だとか、そういうのを歌ったりしてたんだ。高校生になっちゃうと離ればなれになっちゃうでしょ。だから全然元気が出なくて悲しかった。そういうこと。


高校のニ、三年になって、努力することを覚えたよ。
 うちの近くの秋ガ瀬公園というところに内田裕也が来て歌を歌ったの。水玉消防団とかも演ったの。ヒカシューとかテクノポップとかが出るちょっと前。それでお兄ちゃんのバンドでキーボード弾くようになって。
それからバンド人生が始まったの。その同時期にバレエやめたから、私にとってはわりと破れかぶれ的なハケ口だった、歌を歌うのが。

 私、ヘタクソだったからお兄ちゃんのバンド、すぐやめさせられた。その後、自分でバンドつくったの、女の子ばっかりで。そのバンドでコンサートに出だして、レベッカの前のギターの木暮武彦という子に会った。それで彼に誘われて、今はレッド・ウオーリアーズをやってる木暮くんとレベッカをつくったの。高校を卒業した十九の春。

女の子バンドのほうは私がレベッカをやり出して、レコード会社の話が来て、なんとなく自然消滅というか。

 それで一年ぐらい経つうちにレベッカの曲が増えていって、ライブをやるようになって。レコード会社の人が来たんだけど、曲がダメだって言うの。木暮君は自分の作るものをとやかく言われるのがすごく嫌いだったから、二人でロスアンゼルスに逃避行したの、自分たちのテープを持って。

 私は、あの時ははっきり行って死ぬほど後悔してた。それでも向こうの黒人たちとバンドやったのはおもしろかったけどね。お母さんがかわいそうだった。お母さんを裏切った自分が、いちばん許せなかった。そういうと、お父さんがかわいそうだけど。

 初めて詞を書いたのはそのあとデビューLPを作った時。しょうがないから書いた。
書く人いないし。木暮君はどんな作詞家をもってきてもNOというし、もってくるたんびにディレクターともめるし。彼は異端児だった、すごく。俗っぽいものをすごく嫌ったの。だからラブソングにしても普通の恋愛のことを歌う歌詞を嫌ったの。

 初めて作詞したのは「ハチドリの証言」ていう歌だよ。女の子の生理の歌なんだ。
 私も職業作詞家が作ったもので嫌いなものってたくさんある。意味もわかんないし、理解もできないし、何も心にこないのもあるし。だけれども、宮原芽映さんは好きだよ。歌っててすごく胸にくる。「Never Too Late」の詞が私にとっては最大のプレゼントだった。

 そうして詞を書き始めたら、また誉められたの。何十年ぶりに。そしたら意欲が湧いてきた。そっか、私って詞が書けるんだって。

 職業作詞家としてやっていく気だってあるよ。話、来ないけど(笑)。だけれど私には量産できないんだよ。たぶん、嘘書けないから。だから時間かかって仕事にならないんじゃないかな、たぶん。自分の体験した感情でないとね。自分にとって本当にそう思ったことでない限り、リアルなんてあり得ないよね。いくらリアリティーのある言葉を並べたところで、何もならない。

 私はひとつの感情で、ひとつの詞しか書けない。その感情にすべての言葉を使い果たしてしまう。きっともっと上手になったらば、もっといろんなアングルから自分の感情を見て、いくつか書けるようになるのかもしれないんだけれでも。今はまだそれができないの。ひとつの感情で四つぐらい書けるようになったら、職業作詞家になれるかな。

「チープ・ヒッピーズ」も「ムーン」もみんなそうやって書いた。山手線にフラッと乗って、女の子二人組と友だちになって朝まで遊んだ時のこととかね。


2:それこそ、毎日、「愛してる」っていってほしいタイプだと思う。
 デビューしてから覚えてること。
 まずね、ライブハウス。

―油臭い厨房え着替え。
―キャンペーン。
―睡眠不足。
―楽器車で移動。
―新幹線エコノミー。
―喫煙車でケムい。
―毎日ボロボロ。
―楽器を自分で運ばなくて良くなったから、爪がのばせるようになった。
―メンバーチェンジ。
―裏切り。
―「ラブ・イズ・CASH」。
―アルバム・チャート3位。
―ホテルの部屋が広くなった。
―楽屋が厨房じゃなくなった。
―客席がちゃんと椅子のアルホールになった。
―楽屋にお花が届くようになった。
―新幹線グリーン車。
―キャンペーンしなくてよくなった…だけど踊りがきつくなった。
  
  それから今に至って、映画に出た。

―恥ずかしいと思ってたけど、カメラの前で泣けるようになった。
―そしたらば、嘘をついているような気がして…自己嫌悪にさいなまれた(笑)。
―それから、「きれいになったね」って言われることがちょっとだけ増えた。

 ライブハウスでやってた頃はマネージャーに、「どう、今日はお客さん入ってる?」って毎回始まる前にきいてたのね。それが、いつだったっけかな、ある日を境にきかなくなったの。日本青年館のコンサートの時だったと思うな。「今日、人入ってるの?」ってきいて、そしてマネージャーが「もう大丈夫だよ、心配しなくて大丈夫だよ」って言ったのを覚えているような気がする。

 でもね、五万人くらいの人の前でやるようになっても、不安は毎日ある。お客さんが一人でも減ったら、嫌。やっぱり一人だけいたお客さんがさ、演奏している間に帰った時の事は、もう二度と体験したくないもんね。ライブハウスで、お客さんがひとりで、メンバーが五人で。その人もいたたまれなくて途中で帰っちゃったの。それはもう悲惨なものさ。演奏やめたよ、練習したよ。それはもう嫌だから。増えるぶんには構わないけれども、減ってくのを見るのは辛いだろうなって思う。でもそんな不安にさいなまれながらなんて、生きていけないものね。
私は普通の事は違うって、
ちょっぴりだけ思ってた。

 いつもおなかがすいてて愛を求めてる状況が、私のとってはいちばん、もしかしたら安息なのかもしれない。それがノスタルジーというか、安住の地というか。いつも見に来てくれる人が少ないと思ってて、「もっと見に来てよ、見に来てよ」ってお客さんに手を差し伸べて、「もっと表情をちょうだい」と言ってるときがいちばんのノスタルジーなのかもしれない。

 おなかがいっぱいになっちゃってフワーッっとしているところには、わざと自分を置かないのかもしれない。だからいつも何かを求めているのだと思う。

 こんな女の人になりたいなって思う人はいるよ。歌手とか、女優とかね。私が興味があるのは、その人が演じた役とか歌じゃなくて、その人の生き方そのものだね。結果、すごくはかなかった人が多いけど、はかなく生きようと思って生きてる人なんていない。かえって、すごく生きたかったんじゃない。強く強く、強ーく生きたかったんじゃない、そういう人って。そして、そういう人って、完璧に女だったと思う。そういう人たちの求めたものとか、愛したものとか、私、共感できる。その人が感じた孤独とか。

 堀江しのぶは悲しいねえ。
 私は、その人たちの残像が好きなの。彼女達の生きざまなの。'60年代とか'70年代とか、その人たちの生きた時代の背景もあるかもしれない。女、完璧な。
 私は、衝動が多いことは確か。私は自分で計画をして、そのとおり実行して動くということがおそろしく苦手。

 ズボラで自堕落。
 気まぐれ。
 衝動。
 大袈裟。
 感傷。
 欲張り。

 泣き虫はいないけれど、高ぶり、孤独。
 おせっかいじゃない。私、他人に対して包容力、まったくないと思う。私は保護されるために生まれてきたと思う。それこそ、毎日、「愛してる」と言ってほしいタイプだと思う。

 人見知り。
 臆病。

 努力?何かやらないとほめられないんだということを思い知ったのは、高校三年ぐらいね。だけどね、今もダンスに通ってるけど、それは私にとって努力じゃないの。日課なの。アキレス腱を伸ばすとか、膝の裏の筋を伸ばしておくとか、股関節を伸ばしておくとか、腹筋を引き上げておくとか、そういうのは、モノを覚えるとか、時間を守る。それから、台詞を覚える、言われたとおりにする(笑)。

 映画の仕事は言われたとおりじゃなかったよ。私が自由に、言われたとおりに自由にしたって感じ。宮本信子さん、好き。それこそ大工さんがカンナかけているのを見てエーッと感心しちゃうような種類のうまさがある。それにはハハーッとなっちゃった。

 私、他人から見た自分の方が正しいんだと思う。よく感じるのは、他人が私に持ってる印象と、自分が自分に持ってる印象がもすごく違うということが多々ある。子供の頃からそれはあるから、そうなんだなって理解している。だから他人からカッコいいよって言われたものに対しては、すごく従順。基本的に自分の事がよくわかってないんだね(笑)。





3:恋愛を楽しむなんて、そんなババアみたいなことできないよ。
女同士の友情は成立しない。だけど、仕事とかマテリアルだとかいうものの物々交換とか、そういうものは成立する。

 女同士の友情って、たとえば男の友情ってよくわからないけど、あいつは今飯がくえないから俺のを半分あげようとか。実際、私がそうなったらそうするんだろうけれども、それて、女同士の友情っていうのかなあ。

 女同士って、友情って言うものとも違うよね。もっと神秘的なものだよね。それはもうテレパシーで通じ合えるぐらい、相手の気持ちまでわかるくらい通じ合える。わかっちゃうんだよ、きっとわかり合えるっていうか。

「OLIVE]って歌のモデルになった子、あいつもテレパシーの部類だよ。
 そういう友情は、たくさんはいない。一緒にディスコに行くタイプの友達は、それこそコンサートできるぐらいいるけれども。

「OLIVE」の子は、同類だからね。友情というものとは全然違うし、家族というのよりも、もっと自分と同じ物なんだよ。同類。他に言い表しようがない。

 同類じゃない女の子っていうのは、たとえば歌の中では、私の敵として登場してくるよ。普通のボディコンのおネエさんみたいなものとか。私とは全然違う種類のモテ方するでしょ、そういう人って。だから、敵。でも話すYと案外友達になれたりするけど(笑)。

 「OLIVE」はね、決して同類を救おうと思って歌ってるわけじゃない。たまたま その子と同じ激動に、一緒に飲み込まれたの。

 その子はお兄ちゃんの彼女だったの。
 お兄ちゃんの部屋によく遊びに来てて、一緒に私も遊んだりしてた。すごく仲良くなってね、その後私のルームメイトだったことがあった。お互い、お金なくってね。どっちかがお金持ってると、それを使うの。使うっていっても、ほとんどお金なかったんだけどね。

 ある日ね、私がツアーから帰ってきたら、その子の荷物が全部まとめてあって。
子供が出来たから、結婚するって。出て行くっていう。

 ビックリしたよ。で、悲しかった。なんか、同類の気持ちっていうか。だって何も決まってないのに出て行くっていうから。その時ね、その子に仕事が見つかるまで、里親になってあげようって、真剣に思ったもの。私が子供を預かっててあげようって。

 今もね、彼女、ときどきレベッカのコンサートに遊びに来たりするよ、子供連れでね。

 ある本の引用で、ものすごく共感できたんだけど、もしも私が結婚して子供産んだら、一人子供を産むごとに一人孤児を引き取って、同じ愛情で二人ずつ育てていけたらいいなって思った。その子が産んだときに、そう思った。

 男にもね、たまに同類っているよ。男の場合は困惑する。そういう人に出会うと、男友達の同類に出会うと、こいつは どうしたらいいのか わかんないなと思う。友達としてとらえたらいいのか、男としてとらえたらいいのか。完璧にボーイフレンドにしかならない、恋人にしかならない男というほうが、好き。

 チェッカーズのふ郁弥君。郁弥君だね、同類の男の子は。どう対処すればいいのか、よくわからない。いちばん兄弟じみてるような。

 今まで好きになった男の子は…十三人いるな。やっぱりその季節に一番おいしい果物を、誰よりも最初に食べるのと同じぐらいのパワーがあるんじゃない。

 恋愛を楽しむ?楽しむなんて、そんなババアみたいなことできないよ。

 私は、恋というより、愛情を求めていた時のほうが多かったの。

 あるお友達が言ってたんだけど、恋というのは、好きで好きで会いたくて会いたくて、情熱があって、でも信じられなくて、疑って疑って、それが憎しみにも変っていくんだって。

 私のしてきたのはたぶん…愛ってわかる?たとえば自分のペットがウンチしちゃって汚しちゃったら、「しょうがないはね」って拭ける。拭いても好きになれるという、そういう感情のほうが強かったと思う。だけど相手の男の人というのは、そう考えない人も多かったから、最後には私がすごい悪者にされて憎まれて終わった形が多かった。だから終わる時はずたずたでボロボロになるか、悪者にされるから、別れた後は、その人のことは全然好きでも何でもない。

 だから、昔は良かったということはない。あの時は良かったなって思う時はあるけれども、今に比べて前の方が良かったなという時はない。
 
 前向きでしょ?

 これから やりたいこと っていうのはね、とりあえず、今までやろうと思っていたことは行動に移します。

 レベッカのアメリカでの発売ということ。準備段階にいよいよ動き出します。具体的にはまだ秘密にしとかなきゃいけないことが多いけどね。

 私はレベッカでアメリカに行きたいと思ってる。本当はひとりで行きたいのよっていうんじゃないし、逆にバンドでなきゃ嫌ってわけでもないの。すごくフラットな状況でシビアに考えてみて、アメリカにはバンドで行ったほうがメリットがあると思う。

 そのうえで、私には私なりの、ミクロの世界だけど、ビジョンがあるの。
 それは、内側からくるビジュアル。内側からきれいになるってこと。だって、外国に出るとしたら、ひたすら きれいになるしかない に決まってるじゃない。それはあたりまえで、勝負しないとね。

 私の出ているCFの今度のやつを見てもらえればわかる。踊りばっかりのコマーシャルなのね。合成して、私がたくさんになって、いろんな踊りを踊ってるんだけど、それは筋肉だけがモノを言う世界ってかんじ。 でも、ああいう筋肉の世界は、もうあれで終わり。もっときれいになるからね。



NOKKOの基礎知識
[ミッキーマウス]

NOKKOはプロフェッショナルとして、ミッキーマウスを尊敬してやまない。
「最終的に目標とするのはミッキーマウス。ステージ終わって、ステッキ置いてもミュージカルしてる。あー疲れたってところでもショー・アップしているような」。プロになる!と決意したときから、NOKOはありとあらゆる方法で自分を磨いてきた。ダイエット、美顔術、ダンス、ボーカルのレッスンetc。
「あたしはね、夢に対して貪欲なの。だから、夢にお金を払ってくれっる人たちに対しては徹底してプロフェッショナルでありたいと思うの」
ショー・マスト・ゴー・オン!


[バレエ]


NOKKOがバンドに入って、歌うようになったきっかけは、10年間続けていたバレエをやめたからだという。
「何もやることがなくなっちゃって、ヒマをもて余してたら、ウチのお兄ちゃんが自分のバンドに誘ってくれたの」

バレエを始めたのは小学校1年生のとき。幼稚園のとき大好きだった先生がバレエ教室を開いたときい、早速レッスンに通いだした。マヤ・プリンセツカヤというソビエトのプリマドンナが彼女のヒロインだった。発表会では「くるみ割り人形」「白鳥の湖」「愛の夢」などを踊った。
レッスンを重ね、いつかプロのバレリーナになることを夢見て・・・。

高二のとき、NOKKOはその夢を断念した。思春期の頃から太り始めたことと、経済的な理由から。プロになるためにはやはり留学が必要だったのだ。

傷心のNOKKOを再び奮い立たせたのは、音楽だった。
「それまではクラシックしか知らない、バレエの練習意外では東京にも行ったことのないコだったんだもの。とたんに燃えあがっちゃったわけね。」



[Maybe Tomorrow]

『REBECCA IV』のタイトル・チューンがこの曲「Maybe Tomorrow」。コンサートの最後を飾るナンバーとしておなじみの曲でもあります。

「もう今夜中に歌入れをしないとレコードが出ないっていう、せっぱつまったときに書いた最後の歌なんだ。これはね、失敗しちゃった日比谷野音の夜のことなのね」

'85年8月31日、日比谷野外音楽堂で行われた中村あゆみとのジョイント・ライヴは、NOKKOにとってひとつの転機にもなったらしい。
「メンバーチェンジの後の、たまっていた疲れがドッと出て、すごく辛いステージだった。あの夏で10kgやせたんだから」"ひとりぼっちで歩きはじめたから もうふり返ることは出来ないね"という部分が一番気に入っている。お母さんに宛てたというこの歌には、NOKKOのタフな精神と同時に彼女の決意のほどがうかがえる。
「あのときの気持ちは、あたしが歌を続ける限り続くんじゃないかしら。逃れられないテーマかな?」


[ダイヤモンド]

「あたしね、ダイヤモンド、もらったことあるんだよ」と、NOKKOはそれは嬉しそうに言ったことがある。もちろん、本物。感激のあまり、「一生足向けて寝られなくなる」ような気分だったとか。
「いくら大金持ちになったとしても、宝石は自分で買うものじゃないよね。それが女心ってもんだよね。世界中にたった一人だけあたしのためにダイヤモンドを買ってくれる人がいるかもしれないから」

"ハートあげる。ダイヤをちょうだい"は彼女が出演したCMのコピーでした。


[キム・ベイシンジャー]

「黒い瞳のゴールディ・ホーン」を目指していた時期もあったが、去年は元ミス・アメリカの(競演男優に恵まれた)女優キム・ベイシンジャーに憧れていた。
『ナイン・ハーフ』『ノー・マーシィ』で見せたあの女っぽさは、男性でなくともため息もの。自分に欠けているのは、女としての色気ではなかろうかと、NOKKOは思ったそうな。

男優ならミッキー・ローク。映画通というわけではないが、ビデオで鑑賞することは多い。先日、『ロジャー・ラビット』の試写会に行ったら、有名人がたくさんいてビックリしたとか。映画の感想は、
「アニメの部分がスゴすぎて、ストーリーが思い出せないんだよね」


[CF]

デビュー間もない頃、清酒白雪や丸いのCMに出演したことを知っていたら、あなたはかなりのレベッカ・マニア。
'87年2月には、サントリーのバレンタイン・ギフト"ハート"のコマーシャルにNOKKOが起用されている。しかし、なんといっても話題を呼んだのは、ソニーのミニコンポ"リバティ"。レベッカ出演で売上が一気に一位に。ニューバージョンのオン・エアも決定。


[パパとママ]

NOKKOのパパとママのラブ・ロマンスをモデルにした歌が「When a Woman Loves a Man」(アルバム「TIME」に収録)。貸しに出てくるスマート・ボール(ご存知ですか?)は、ママの若い頃流行っていた遊びなんだって。東京オリンピックの前の年に生まれたNOKKOが物心ついた頃、お父様は電気店を開業。
「高度成長の波に乗って、花形商売を始めたんだけどね・・・」

優しい両親にいつかデッカイお家をプレゼントしてあげたいというなかなか孝行娘のNOKOKOなのです。


[Cheap Hippies]

『TIME』のレコーディングは難航を極めた、らしい。NOKKOも思うように歌詞が書けず、スタジオを飛び出して、夜の街を彷徨した。その晩、知り合った女の子達と一緒にディスコへ行ったら、彼女達の格好を見て、「申し訳ありませんが・・・」と店員。
「もう頭にきちゃうよー。外人とかモデルとかだったらホイホイ入れちゃうくせに!」

破いた(破れたではなく)ジーンズを独自のセンスでコーディネイトしていた彼女達はモダン・ヒッピーズ風。映画、「プリティ・イン・ピンク」のモリーリングウォルドのイメージが浮かんでくる。そのときの経験と若い女の子ならではの反骨精神が「Cheap Hippies」という歌になった。

リミックス・アルバムの英語バージョンのタイトルは「Sweet Dreams」でした。


[NY]

'86年2月、NOKKO単独でNYへ。ダンス・スクールでレッスンを受けたり、ディスコで夜通し踊ったりエネルギッシュなNYを満喫。その後、リミックスのため何度か訪れているが、「あの街は仕事をしに行くところ」という結論に。
特に『REMIX REBECCA』で、初の英語による歌入れをしたときは。ちょっとしたカルチャー・ショックを味わったらしい。


[ラブ・イズ・Cash]

新生レベッカのブレイクのきっかけにもなったシングルで、NOKKOにとっても作詞のコツがつかめた曲。
「あなたの恋はまるでスマートなカード・クレジットなの」という女の子の気持ち、共感できるよね。
「あたしはクレジットでチビチビ払っていけるレベルの女じゃないんだよ、ってこと。車を買ったって維持費がかかるんだから(笑)」

ある人がこの曲を聞いて「人間はお金じゃないんだよ」と言ったそうな。ウーム全くわかってませんな。
「いまの男の子って、変に上手じゃない?付き合うまではあの手、この手で来るくせに、一度自分のものになったらケアなしでさ」
世渡り上手なモダン・ボーイの恋愛処世術にチクリと針を刺してみせたNOKKOの詞は絶品!


[オカマ言葉]

まあ、聞いて下さいまし。
「アーラ、あたし、このメガネの気持ちわかるわ。もう言うのよ、この紙コップがあたしにッ」
オカマの人は物が喋ると信じている、というのがNOKKOの見解。それにしてもウマイ。笑わせてくれる。


[衣装]

以前はダブダブのジーンズに代表されるようなラフなファッションが多かったが、昨年あたりからシックで女っぽい洋服がワードロープに増加中。
「でも、そんなにブランドにこだわってるわけじゃないんだよ」
アニエスB、ロメオ・ジリが好き。
「ロメオ・ジリのスゴーいボディ・コンシャスなドレス買ったんだけど、着ていくとこがなくって」

毎回、私たちの目を楽しませてくれるステージ衣装はNOKKOとスタイリストの綿密なコンセプトに基づいている。
エネルギッシュなステージ・パフォーマンスに映えることが必須条件だが、長いツアーになるとしばしば修理も必要らしく、楽屋では健気に針仕事をしていたNOKKOは可愛かったなあ。


[食物]

卵かけゴハンだとか、カレーだとか、どっちかというと子供っぽいメニューがお好き。家出自炊することは少なくて、「ゴハンを炊くの半世紀に一度(笑)」。
「たまーに作るのが、牛乳でパンを甘く煮る"パンおかゆ"と湯で野菜サラダ。

ちなみに、いま冷蔵庫の中に入っているのは、ミネラル・ウォーター、トマト、スウィートコーンの缶詰、封を開けていないオミソとクラランスの基礎化粧品。


[結婚]

この11月4日で満25歳になった。お年頃であることは認めるけれど、結婚はまだ予定の中にはいっていない。
「男のウワサひとつもないっつーんじゃ淋しすぎるけどね」

理想のダンナ様像は、「やっぱり、お金持ちだとイイだろうなあ」と言いつつも、「それじゃあ、あんまりよね」と笑うNOKKO。いまは自分に磨きをかけることのほうが大切みたい。


[交友関係]

「最近、交友関係スゴク広がったよ」と、NOKKO。
「音楽業界を三千年生きてらっしゃる、かまやつひろしさんが色々な方をご紹介して下さいましてね」
玉置浩二さん、森山"この広い野原いっぱい"良子さん、高橋幸宏さんなど、ちょっと意外なメンツが並ぶ。お互いにライヴを見に行く仲といえば、チェッカーズの面々。その関係でとんねるずの憲武クンにも会ったそうだ。

「吉川晃司クンもライヴを観に来てくれたし、そういえば昨日、美里ちゃん(渡辺美里)からも電話があったよ」
"NAONのYAON"のイベントに飛び入りしたとき知りあったのが、本田美奈子さん、Show-ya、シーナ&ザ・ロケッツのシーナさん。
「シーナさんに"妊娠したら何ヶ月まで歌えるんですか?"ってきいちゃった」
・・・ウーン、NOKKOらしい。

「なんかさ、感覚としては"街で見かけた芸能人"っていう感じなんだよねー」
デザイナーでNOKKOの大ファンである中野裕通さんと近々ご対面の予定。


[憧れの人]

ズバリ!植木等さん。
「いま一番会いたいの!彼の名を口にするだけでこみあげてくるものがある!」

植木さんが出演したテレビ・ドラマを観て、いっぺんでフォーリン・ラブ。
「敬老の日のスペシャル・ドラマだったんだけど、植木さんがとにかく素敵で。知り会いじゅうに、ねえ、植木さんとお友達じゃない?ってきいてるくらい」

残念ながらコネクションはみつからずじまい。さすが大スターと申せましょう。
「お父さんと同年代なのよね。ちょっと似てる・・・かな?」



[レッスン]

小さいときはバレエ、ピアノ。ピアノはブームに便乗してイヤイヤ習わされていたそうだ。
「ムリしてアップライトピアノを買ってもらった手前、やめられなくってね」
習い事に目覚めたのはむしろシンガーとしてプロになってから。ダンスのレッスンは特にかかせない。一時間半から二時間ミッチリ踊って思いきり汗をかく。
「何かを覚えて身につけることが嬉しくってしょうがないわけ。自分がより自分のものになっていく実感があるんだよね。」

自慢じゃないが、学校の勉強は苦痛以外の何者でもなかった。ところが、プロになって目的意識を持つようになると、学習が面白くってしょうがない。外人の先生にマン・ツー・マンで英会話の特訓受けたり、できなかったバタフライが得意になったりと、NOKKOの学習は日々前進あるのみ。レコーディングやツアーで個人的な時間がままにならないのが目下の悩み。
「その合間にデートもしなきゃならないし、時間が足りないッ!」

ちなみにNOKKOが唯一好きだった授業は、理科実験の"水の電気分解"!?


[マドンナ]

「WILD&HONEY」の頃、雑誌等で、"和製マドンナ"と呼ばれていたNOKKO。本人も「ライク・ア・バージン」当時のマドンナは気に入っていたようだが、来日コンサートを観てガックリ。
「だって筋肉ムキムキの怖いオバサンっていう感じだったじゃない」
しかし、あの強引に人を惹きつけてしまうパワー、エンターテイメント根性には一目置いている。


[153cm・40kg]

ここしばらくはこの体系をキープ。
「体調はまあまあかな」
小柄ではあるが均整のとれたスレンダーなボディ。ジム・トレーニングの成果で、欲しいところに筋肉もついた。生水や生モノに当たりやすい体質なので、内側からカラダを丈夫にすることを心がけている。食物の好き嫌いは一切なし。タバコ、お酒、コーヒーもNON.やはり、それなりの努力は必要なようで・・・
「コンプレックスがあるから歌ってるのよ。人より身体が小さくて、何もしなかったら全然目立たないコだもん」と、かつて言っていたのが印象に残っている。


[埼玉]

生まれも育ちも埼玉県。青森県の三沢基地で働いていたご両親がこの地に引っ越してきて以来、ずっと、埼玉住まい。
「ツアーで地方に行っても、あの角を曲がるともうすぐ家だなって思うことあるんだよね」。どこといって特徴のない平凡な中都市にアイデンティティを感じる。


[落ち着ける場所]

「案外、人んちのほうがホッとするんだよね」
ベスト・コンフォタブル・ハウスは、谷中のお寺に住んでる友人宅。
「何坪あるかわかんないくらい広大な敷地でね。友達もその全貌は知らないんだって。探検すると面白いんだ、コレが」

その友人とは、レベッカのステージにも出演したダンサーの玲子さん。
「お寺の娘さんとは思えないくらいポップなコなの。親は嘆えてるんだろうなあ。ダンサーとしては一流なんだよ」

お寺ゆえの静寂な雰囲気がNOKKOの気持ちをリラックスさせるのか、自分でもビックリするほど深く眠れるとか。



以上、月間カドカワ 88/12号よりレベッカ特集のみ抜粋。誤字脱字等発見したら教えてくださいね。